目次へ戻る

 

批評、評論、解説と感想

2004320

宇佐美

 

 37日のNHK衛星放送での番組「よみがえる熱球 プロ野球70年」を見て大変驚きました。

特に、現役投手時代に“神様、仏様、稲尾様”と云われ、西鉄ライオンズの黄金時代を支えた稲尾和久氏の談話に、仰天しました。

 

195810月、プロ3年目の稲尾投手(若干23歳)が、新人長嶋茂雄氏の大活躍によってセリーグを制した巨人と日本シリーズで対戦し、7試合の内6試合に登板して、4勝をもぎ取り日本一を勝ち取った時の話です。

(現役時代野球の神様とも云われた川上哲治は、当時の稲尾投手を、“3本続けてヒットを打つなど考えられないほどの投手だった”と評して居ました。)

 

稲尾投手の生涯記録

昭和

31

32

33

34

35

36

37

38

39

40

41

42

43

44

通算

試合

61

68

72

75

39

78

57

74

6

38

54

46

56

32

756

勝利

21

35

33

30

20

42

25

28

0

13

11

8

9

1

276

敗戦

6

6

10

15

7

14

18

16

2

6

10

9

11

7

137

投球回数

262.1

373.2

373

402.1

243

404

320.2

386

11.1

216

185.2

129

195

97

3599

防御率

1.06

1.37

1.42

1.65

2.59

1.69

2.30

2.54

10.64

2.38

1.79

2.65

2.77

2.78

1.98

ホームページ(http://village.infoweb.ne.jp/~fwiy3670/inao.htm)より抜粋させて頂きました。

 

 

 稲尾氏は、バッターボックスに立った長嶋氏を見て戸惑ったとの事です。

 

 稲尾氏の談話

 

 最初の打席で長嶋さんを見るとボケーと立っているだけ(普通の打者は投手を睨み返し、互いの目がピットぶつかり合った時から勝負が始まる。)、そこで、ここは見送るのかなと思って投げたら、バーンとファールした……

 

 投手と相対する打者は、一球ごとに、この打者は何を狙っているか?又、投手は何を投げてくるか?を互いに読む

そして、この打者の読みを如何に外すか、又、打者は如何に投手の読みを外すかが、投手と打者の戦いの根本にあり、その戦いをパリーグでずっとやってきた。

良いバッターほどその絞る確率が高い。従って3割バッターになると認識していた。

 

 長嶋さんは、1年目から3割打っているから、当然投手の読みを考える、そうなれば目と目があった時に感じるものがある筈だ。

ところが、感じなかった。

 

 そして、長嶋氏は、当時稲尾氏の伝家の宝刀と云われた外角スライダーをライト線に三塁打とする。

 

ところが、稲尾氏は次のように語っていました。

 

僕の一番いい球はスライダーじゃないんですよ。シュートなんですよ。

シュートを活かすために、ずっとみんな他のチームのバッターにはスライダースライダーって意識させて、これを意識的にしてきたんですよ。

それを見事に読んだのが野村さんでしたね。

会うたびに、“お前の得意球がスライダーだって?嘘言うな!

スライダーやない、一番いいのはシュートやないか!”って言うんですけどね。

 

そこで、野村氏の次の談話が紹介されました。

 

みんな、稲尾というとスライダーって異名があったんですよ。

しかし、当時から、僕には稲尾というとシュートなんですよ。

確かにスライダーはいいですけど、もっと嫌なのは、胸元(インコース)に食い込んで来るシュートなんですよ。

だから思い切って向こう(アウトコース)に踏み込めないんですよ。

僕の判断は、彼にとってのスライダーは、シュートを活かすためのスライダーなんですよ。

 

そして、稲尾氏は次のように話を続けます。

 

僕の一番いい球はシュートなんですよ。

最初に長嶋にシュートをガツンと打たれていたら、ショックはもっと大きかったと思う。

二番目にいいのがスライダーで、二番目を打たれた。

一番目はまだ打たれていないという事でした。

 

 そして、第4戦を前に稲尾氏は長嶋対策を考えました。

 

あの人は何にも考えてないんじゃないか?」との思いが、頭をフッと過ぎったんです。

あの人は何で打つか、感性で打つんだということが判ったんです。

体が反応する。だから体勢が崩れても、ヒットを打つとかね。

こういう事が出来るというのは、技術もさることながら、体がピュッピュッと反応してるんだから、頭の中でアウトコースが来るとか、インコースが来るとか、そんな事いっさい考えてないって事が判ったんですよ。

 

 そして、稲尾氏は対長嶋氏には、サインなしで投げる事にし、又、次の点にも気が付いたと語ります。

 

打席に立つ長嶋を見て、モーションかけて、ピュッと振りかぶったら、ボケッーと立ってる長嶋の肩が、グッと入ったり、又は、パッと開いたりしている。

私のモーションに合わせて、長嶋の肩が、ホームベース側に入ったり、逆に開いたりしている事に気が付いた

 

バックスイングのトップ(腕はL字型に曲がり、ボールがトップの位置(頭の上)に来た時点)に来たらフッと肩が入る、又、フッと肩が開く。

向こうの肩がグッと入ったら、ここ(バックスイングのトップ)からシュートを投げる様に切り替える。

向こうの肩が開いたら、スライダーに切り替えて投げる

 

 何故こんな事が可能だったかというと、僕は、ストレートで握りの位置から、人差し指と中指の位置を微妙にずらす事で、シュート(内側へずらす)、スライダー(外側へずらす)を投げ分ける事が出来たからです。

ボール全体の握りは変えないから出来たんです。

 

そして、この稲尾氏の能力を野村克也氏は、現役時代に看破していたとの事です。

 

稲尾は、「打者の動きを見られる、唯一のピッチャー」じゃないかと見ていましたよ。

稲尾っていうのは、とっさに。リリースポイントのちょっと手前(零点何秒かの間)で打者の動きが見えるなと。

それぐらい力まずに、又、正確コントロールで投げる事が出来た投手だったのです。

 それで打たないと見ると、ド真ん中に平気でドーンと投げてくる。

 

この二人の談話を裏付けるように長嶋氏は次のように語っていました。

 

僕の場合はもう全く自然体でしてね。

学生野球の時代からバッティングは、来た球を打つ、つまりいわゆる好球必打なんですよ。

ボールだったら見逃す、その一本筋の通った気持ちで打席に立っていました。

あれ狙おう、これ狙おう。これを見てこれをどうだ、とか、そういう手練手管は一切やらないタイプなんですよ。

 

 この様な話を私は今まで聞いた事がありませんでした。

ビックリしました。

『週刊ポスト(2004.3.26)』には、長嶋氏と226打席対戦して、打たれたのは62回。そのうち14本が本塁打。打率は0.274で三振は54個取っている江夏豊氏の次の談話が載っています。

 

ミスター(長嶋茂雄氏)ほど投げづらいバッターもいなかったわ。

そもそもがデータなどまったくアテにならんタイプやろ?

 体はレフトを向いているのに、打球はなぜかライトに飛んでいくんやからね。

 ピッチャーにとって最大の武器である外角低めの速球を、ものの見事に芯でとらえたかと思うと、投げ損じたド真ん中の棒ダマを、いとも平然と見逃したりする。

まさに何を考えているのかさっぱりわからない相手やった

 

 即ち、長年対戦していた江夏氏でさえ、長嶋氏が「自然体」、「好球必打」、「感性」で打っていた事に気が付いていなかったようです。

なのに、2試合対戦しただけで稲尾氏は、この長嶋氏の打撃スタイルを看破していたのです。

 

 そして、第4戦以降の稲尾氏の投球に対して、長嶋氏は次のように語っていました。

 

投げ方も、投球も一寸変化をつけてきたなと。

序盤の選手権の1戦、2戦、3戦のような、感じでなくて、一寸変化をつけてきたなという意識を持たすような投球フォーム、フォームを変えてきましたよ。

 

 この結果、長嶋氏を押さえ稲尾氏は次のように語ります。

 

いいバッターに巡り会えるといいピッチャーに育つ

まあ実にその33年(1958年)の長嶋さんとの対戦で、色んな事を考えさせられて、色んな事をやって、うまく行ったり行かなかったり。

そういう体験がどんどんどんどん俺を成長させた。

その経験が3年後の36年の42勝という勝ち星につながっていくんですね。

だから、貴重な長嶋さんとの体験でしたね、

 

これに対して、長嶋氏の談話は次のようでした。

 

我々、バットマン同士が集まっても最高のピッチャーに恵まれない限り、いい勝負を出来たとはいえない。

素晴らしいピッチャーに勝負を挑む。

バッターから見ればこれ以上の喜びはないですよ。

 

 この様に、難攻不落の稲尾投手を「感性」で打ち込む長嶋氏も凄かったのですが、たった2戦しただけで、長嶋氏の「好球必打」の打撃スタイルを看破し、投球動作中に長嶋氏の動きを見極め、瞬時に球種を変更して討ち取った稲尾氏の凄さ、そして、その様な稲尾氏の投球術を見破っていた野村氏の凄さ、この様な凄さを私達は日頃テレビ新聞などで、野球解説者、記者達から知らされた事があったでしょうか?!

ありません。

 

 今回の3人の「本物は本物を知る」的な談話から比べると、日頃の野球解説者達の解説は、解説と云うより感想しかないように私には感じられました。

 

 勿論、この「本物は本物を知る」的な解説、批評、評論からほど遠い「感想」が跋扈しているのは野球界だけではなく、多分全ての世界に於いて?

 

 特に、私が日頃痛感しているのは、音楽(特に歌)の世界に於いてです。

発声法に関しては全く無知であるのに、評論家という肩書きを免罪符(或いは、水戸黄門の印籠?)とし「本物」への個人的感想(中傷)を評論批評と称して有力新聞雑誌で披露して平然としているのです。
(この件に関しては拙文《デル・モナコ先生への一般的評価に対して》等を御参照頂けましたらと存じます。)

 

 但し、政治の世界に於いては「本物自体が存在しない点が悲劇との感想を「本物からほど遠い存在」の私は抱いています。

現役議員時代の野中広務氏、故山中定則氏は、私は大嫌いでした。

しかし、私は、“戦争の悲惨さを子供達に伝え残す、語り部となる”と云って引退された野中氏、“議員は、私一代限り”と言い残された故山中氏は、これらの点での「本物」との感想を抱いているのです。

 

(補足:1

 

 不思議な事には、稲尾氏の投球術を看破するほどの慧眼の野村氏が、阪神の監督時代、新庄選手に、ご自分の現役時代の打撃術(投手の投球、球種を読んで対応する)を伝授しようと苦労されていました。

 新庄選手には、長嶋氏同様に「自然体」の打撃スタイルこそが最適なのでは?

(それとも、長嶋氏をライバル否!宿敵?とする野村氏は、長嶋氏の打撃スタイルを容認出来なかったのでしょうか?)

 

 私には、長嶋氏よりも新庄選手の方が、運動能力の面では優れているように見受けられます。

 従って、新庄選手が、更に野球(投球)への集中力を高めたら、長嶋氏を凌ぐ大打者に変身するのではないかとの淡い期待を抱いているのです。

勿論、以上は、「本物ではない」私の感想であります。

 

(補足:3

 

 もう一つ、不思議に思っている事があります。

少し前、中日新監督の落合氏が、ヤンキース松井秀喜選手の今シーズンの活躍を質問された際、次のように答えていました。

 

 あんなバッティング・フォーム(バットで打球を捕らえる際、右肘が上がり、脇が開いているポーズを落合氏は示しました)で、ホームランなんか打てませんよ!

あれじゃ力が入りません!

 

 可笑しくありませんか?!

巨人時代松井選手は、長嶋監督から徹底的に打撃指導を受けていたのです。

(試合前、必ず監督室で、何度もバットの素振りを繰り返しての長嶋監督の指導を受けている事がテレビで紹介もされていました。)

そして、落合氏は“長嶋監督を尊敬しているので、何とか優勝させてあげたいとの思いで巨人へ来た”と語っていた事を覚えています。

 

 尊敬する長嶋氏の指導を受けた松井選手を酷評する落合氏の心が私には理解出来ません。

 

 「長嶋、落合両氏が余りに本物」で、「本物でない」私には想像も出来ない世界なのでしょうか?

 只、長嶋氏のバッティング・フォームについて、大リーガーの大打者B・ボンズの評価を、
マーティ・キーナート氏(1967年初来日以来一貫、日米を通じたスポーツビジネスに身をおかれている)のホームページに「長嶋に「ホームランを打ったことはある?」と聞いた男」との題目での、この長嶋氏のインタビューについての記述を見た時には驚きました。

http://journal.msn.co.jp/articles/nartist2.asp?w=230956)

 

 拙文《超一流(松井選手)と凡人》に抜粋させて頂きましたが、その一部をここに再掲させて頂きます。

 

……ボンズは長嶋の現役時代のビデオを見せられ、スイングについて感想を求められた。ボンズはこう答えた

……100%引っ張るだけの打者だったね

……メジャーのピッチャーにはあまり通用しそうにないスイングだという意味が込められていた。でも、そのニュアンスも通訳されなかった。

 

(補足:3

 

 尚、1979年の日本シリーズでの「江夏の21球」に関して、「左腕の誇り 江夏豊自伝(発行:椛錘v社)」には、次のように書かれていました。

 

 一死満塁。バッターは一番、石渡茂。当然スクイズの可能性はあった。……三塁ランナーがホームに走る。その瞬間、江夏はバッターの動きを見てカーブの握りのまま高めにウエスト。石渡は空振り、藤瀬は三本間でアウト。キャッチャー水沼は、江夏は瞬時にして握った球の球種を変えることができたと認めている。金田正一もそれができたというが、ピッチャーの球種が少なければキャッチャーが対応できるとはいえ、このような場面で見事にやってのけるのは神業に近いだろう。

 

この記述から、江夏氏も(そして、金田氏も)、投球時にバッターの動きが見えた事が判ります。

事実この本の別の箇所には、次のような「本物の世界」の記述がありました。

 

大事なのは、入って三年目、昭和四十四年に金田正一さんにバッターを見ることを教えられたんです。聞いたときは「わあ、天才じゃないか。そんなことができるのか」と思ったんですが、しかしこれができるようになったら、やはり楽ですよね。

 

 林(義一ピッチングコーチ)さんが、……僕のフォームを直してくれたおかげで、僕は左の目でミットを見て、右の目でバッターを見ることを覚えた。それだけじゃなしに、林さんによって僕の野球に対する意識も変わったんです……


(本当に、本物の世界」は、凄い世界ですよね

 しかし、悲しい話もこの本には沢山書かれていました。先ずは、次なる記述です。

 

 

 酷使したと言えばそうですが、肩痛はピッチャーの宿命です。ピッチャーで十年間やっていて、どこも悪くならない人間はいない。硬式ボールは鉛と同じで、科学的に言えば肩は消耗品ですから、それなりに使っていれば必ず悪くなる。僕は諸先輩を見ていたから、一年目から、そのことはわかっていた。村山さんも血行障害に悩まされていたしね。僕も三年目は肩四年目で肘を悪くした

その後は絶えず痛みとの闘いです。投げたくても投げられない、でも投げなくてはダメだという責任を背負ったとき、どうしたらいいのか。そういうことを自分なりに真剣に考えて、僕は少しズルくなることにした。いままで力いっぱい投げていたのをセーブする、もしくは、いままで百球投げていたのを八十五球に減らすために、いろいろと工夫するようになったわけです。

 

 

阪神時代の江夏投手の成績

 

昭和

42

43

44

45

46

47

48

49

50

試合

42

49

44

52

45

49

53

41

49

勝利

12

25

15

21

15

23

24

12

12

敗戦

13

12

10

17

14

8

13

14

12

投球回数

230.1

329

258.1

337.2

263.2

307

197.2

208.1

148.1

防御率

2.74

2.13

1.81

2.13

2.39

2.53

2.58

2.73

3.07

 

 しかし、2003年度のセ・パの投手成績を抜粋しますと、次のようになります。

(ホームページ(http://www.din.or.jp/~nakatomi/record/nendo/index_ts.html)より抜粋させて頂きました。)

 

 

井川慶

(阪神)

上原浩治

(巨人)

清水直行

(ロッテ)

岩隈

(近鉄)

松坂

(西武)

齋藤

(ダイエー)

試合

29

27

28

27

29

26

勝利

29

16

15

15

16

20

敗戦

20

5

10

10

7

3

投球回数

206

207.1/3

204.1/3

195.2/3

194

194

防御率

2.80

3.17

3.13

3.45

2.83

2.83

 

 江夏投手、更には、稲尾投手のような10年、何10年に一人と云われた大投手が、現在のように1試合100球を目安に投げていたら、より大きな記録をより長く出し続けていたのではないでしょうか?

 そして、更に驚くべき、次のような記述が記されていました。

 阪神は(昭和4810月)20日の対中日戦か21日の対巨人戦のどちらかを勝てば優勝、というところまできた。ともかく中日戦に勝ちたい。負ければ巨人に自力優勝の可能性が出てきますからね。……

その前日の十八日、(阪神)球団から電話があって、あした球団に寄ってくれという。……

 部屋に入っていくと、長田〔陸夫〕球団代表と鈴木〔一男〕常務が、むずかしい顔をして座っていました。何の用事かと聞くと、二人は「あしたの中日戦には勝ってくれるな」と言うわけです。

「どういうことですか」

いや、勝つと金がかかるから。これは監督も了承している

 聞いた瞬間、僕は思わず目の前の大きなテーブルを引っくり返しましたよ。わざと負けるなんてことは承知できるはずがない。しかも監督まで「了解済み」というのは、とんでもない話ですよ。……

 “日本のプロ野球は「本物偽物が管理する」と云う不思議な世界なのだ”と云うのが私の感想です。


目次へ戻る